令和2年7月1日 金澤神社 石浦神社 夏の大祓 茅の輪くぐりは疫病逃れと氷室まんじゅうでダブル禊ぎ

金沢市太陽が丘 輝く女性のためのエクラ鍼灸院 ひろみ院長です。今日から7月が始まりますね。

去年は夏の大祓 茅の輪くぐりが6月30日までに出来ずに、7月5日に金澤神社にはもうなくて石浦神社に参拝した。

その時のブログはこちらです。

7月になったのに茅の輪くぐりを求めてダメもとで金沢神社から石浦神社へ❶

7月になったのに茅の輪くぐりを求めて金沢神社から石浦神社へ(7月7日まで!まだの人は急いで)❷

金澤神社 茅の輪くぐり 氷室饅頭をいただく

金澤神社は兼六園の一角にあり、明治に兼六園が一般公開される時に、一般の人々も自由に神社を参拝できるようになったという由緒ある神社です。

加賀藩11代藩主前田治脩(はるなが)が寛政6年(1794)に、兼六園の現在の梅林の地に藩校明倫堂を建てられ、その鎮守社として金城霊澤のほとりに、学問の神であり前田家の先祖でもある菅原道真公の御舎利を奉斉する神社を御創建になった。

金澤神社http://kanazawa-jj.or.jp/

石浦神社 三つの茅の輪くぐり

金澤神社から歩いてすぐの石浦神社にも参拝に行きます。ここは金沢最古の宮で由緒ありますが繁華街の近くで、向かいに21世紀美術館などがあり賑やかです。

古墳(五四七)時代に草創され、金沢最古の宮として、 三輪神社を号し、奈良時代には神仏習合となり石浦山慈光院長谷寺と改め、 江戸時代には石浦山王、石浦大権現、明治の神仏分離令により 石浦郷の地名をとり石浦神社と改称した。

石浦神社https://www.ishiura.jp/

夏越しの大祓(なごしのおおはらい)とは

半年間の間に知らず知らずに溜めた罪や心身の穢れを祓い清めて本来の姿に戻るための「大祓」

 ●6月の大祓、6月30日・・・ 「夏越の祓(はらえ)・夏越の大祓(おおはらえ)」
 ●12月の大祓、12月31日・・・ 「年越の祓・年越の大祓」
6月30日に行われる夏越の祓では、1年の前半を無事に過ごせたことに感謝するとともに、半年間の罪や穢れをお祓いし、残り半年も清らかな気持ちで過ごせるよう願う神事が行われるのです。

大祓(おおはらえ)のはじまりは

日本人にとっての「祓」の大切さは、イザナギノミコトが、黄泉の国で受けた穢れを祓うため、水で禊祓(みそぎはらい)をした故事からも伺えます。
古代・中世を通じて行われてきた大祓ですが、室町時代の「応仁の乱」によって中断されることになったのです。

長い間中断されてきた大祓を再興したのは明治天皇でした。明治4年、明治天皇の思し召しで、宮中の賢所(かしこどころ)の前庭で大祓が行われ、翌5年には全国の神社で行うよう布告をお出しになり、400年以上途絶えていた大祓が再興されたそうです!

人形(ひとがた)・形代(かたしろ)とは?方法は?

大祓では、「人形(ひとがた)・形代(かたしろ)」を用いて祓をします。人の形に切り抜いた紙に、自分の名前と年齢を書き、その人形で身体を撫でて息を吹きかけます。

自分の罪や穢れを人形に移し、その人形を海や川に流したり焚き上げたりすることで、自分の代わりに清めてもらうというものです。

茅の輪(ちのわ)くぐりとは?

夏越の祓の時期に、茅の輪(ちのわ)を設置している神社も多くあります。茅の輪とは、チガヤで作られた輪のことで、この茅の輪をくぐることで更に穢れを祓い、無病息災を願うのです。これを「茅の輪くぐり」「茅の輪神事」などと言います。
茅の輪くぐりの方法は、
①一礼してから茅の輪をくぐり、左に回る
②再び一礼してから茅の輪をくぐり、右に回る
③また一礼して茅の輪をくぐり、左に回る
④最後に一礼して茅の輪をくぐり、そのまま神前へ進み参拝
一般的にこのような手順となっています。簡単に言うと、左右に「8の字」に回るというイメージです。左回りの時は左足から、右回りの時は右足から進む、という案内がある神社もあるようです。

茅の輪くぐりの時に歌を唱えるという方法もあります。
「水無月(みなづき)の夏越(なごし)の祓(はらえ)する人は千歳(ちとせ)の命のぶというなり」という古歌を唱えながら8の字に3回くぐるのです。
他にも、「祓(はら)えたまへ、清めたまへ、守りためへ、幸(さきわ)へたまえ」という唱え詞を奏上しながらくぐる神社もあるようです。

なぜ、茅の輪をくぐるのか?疫病から助かった昔話

ところで、なぜ茅の輪をくぐると良いのでしょうか?それはある昔話が起源となっているようです。

昔、旅の途中で宿が見付からず困っている神様がいました。神様は、蘇民将来(そみんしょうらい)、巨旦将来(こたんしょうらい)という兄弟に宿を貸してほしいと頼んだそうです。しかし弟の巨旦将来は、裕福な暮らしをしていたのに断ってしまいました。兄の蘇民将来は貧しい暮らしをしていましたが、神様に宿を貸してもてなしたそうです。
神様はお礼に、「もしも疫病が流行した時は、茅の輪を腰に付ければ逃れられるでしょう」とお教えになりました。すると数年後、その地域で疫病が流行したにも関わらず、茅の輪を腰に付けた蘇民将来の家族だけは助かったそうです。後に、その神様は「スサノオノミコト」と分かりました。(備前国風土記、蘇民将来説話)

それから腰に茅の輪を付ける信仰が広まっていったと言われています。時代とともに大きな茅の輪となり、くぐることで罪や穢れを取り除けると考えられるようになっていったようですね。

7月1日氷室の日 氷室まんじゅうで無病息災祈願

金沢市は昔から7月1日氷室饅頭を食べて無病息災を願います。神社に供えられていたのはこういうことだったんですね。なるほど。

加賀藩5代目藩主、前田綱紀の時代になると、金沢の菓子屋の道願屋彦兵衛の考案で饅頭が作られ、道中の無事を祈り神社に供えられた。 この出来事が氷室饅頭の起源と伝えられる。 明治時代になっても、7月1日は氷室開きの日(氷室の日)とされ、無病息災を願って饅頭を食べる習慣が残った。

ウィキペディア

まとめ

日本人は昔から「穢れを祓うこと」をとても大事にしてきたのです。精神的な大掃除とも言える大祓。

疫病から助かったと聞くと、今まさに必要だったのではと思いました。大祓と氷室饅頭で最強のダブル禊ぎが出来ました。

ちょうど1年の真ん中に行われる「夏越の祓」で半年間の穢れをリセットし、新たな気持ちで残り半分の令和2年(2020年)の運気を加速させていきましょう。

いつもありがとうございます。感謝。    参考:神社専門メディア奥宮よりhttps://okumiya-jinja.com/

この記事を書いた人

島田ひろみ

島田ひろみ

エクラ鍼灸院 院長 島田ひろみです。エクラとはフランス語で『輝き』 女性が輝くために東洋医学はりきゅうで身体とこころをサポートします。
当院はささないはりと熱くないお灸を主に使用しますので、初めての方も安心です。

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